月夜見
 puppy's tail 〜その48
 

 “秋の風、お友達?”
 



        




 箱根のお山は ほんの少し秋の訪れが早め。茜色の黄昏が、いつの間にか藍色の帳
とばりと入れ替わり。素足でいるとちょっぴり寒いくらいの頃合いになりましたね、なんていう、いかにもな晩秋の訪のいを肌身に感じさせられるあれやこれやへ。なんの、暖かさで対抗しちゃえと、夕餉を囲んでの和気あいあい、笑顔が深まる宵のひとこま。


  「はい。あ〜んして下さい。」
  「あ〜ん♪」


 黒塗りの細いお箸の先へ、それは器用にも摘まみ上げられたは、迎え撃つ小さなお口に合わせて小さめにちぎられた、ほかほかふわふわのツタさん特製ハンバーグ。当家の王子様と変わらないくらいに幼くも小さなお客様は、殊の外 お肉がお好きと分かったため。ああこれを用意していて本当に間が良うございましたと、お世話大好きなおっ母様、その豊かなお胸を撫で下ろしの、今はお給仕というお世話に勤しんでおいで。ふうふうと冷ましていただいたのを、うまうまと良〜く咬んでの食べっぷりも、見ていてなかなか気持ちのいい。小さな王子が“にゃは〜vv”とご機嫌そうに笑うのへ、
「美味いか?」
 すぐ傍らから当家のご主人が訊けば、
「うっvv おーしーっvv
 大きく頷き、テーブルの縁に置いた手を ぎゅむと握ると、そのままお椅子の上へ伸び上がるように“立っち”をし。次の次のと お口をぱかりと開けるのがまた可愛くて。
「ほぉだろ? ツタさんのハンバーギュあ、せかいいち、なんだかんな。」
「しぇかいっちっ。」
「こらこら。頬張ったままで喋らない。」
 増えたのは二人で、しかも…片やはまだまだ小さくてお喋りも多くはない坊や、片やはミステリアスビューティな、口数少ないレイディだってのに。何だかいつもの何倍も賑やかになったような食卓であり、
「ハンバーグがこれほどの山盛りになってるのって、古いアニメで見たことがあるわ。」
「…それって『ハクション大魔王』じゃね?」
 確か、算数をさせられるとじんましんが出るんでしたっけね。それからどーしたおじさんが好きでしたvv 脱線はともかく。
(まったくだ) 腕も脚も胴回りも、いつまでもひょろりと細っこいお姿なのに、屈強精悍な旦那様以上に そりゃあよく食べる奥方なので。彼ら精霊は、その身をこの世界で保つのにはそんなにもエネルギーがいるものかと思っていたものの、
『…それはどうかしら。』
 離乳食から普通の食事へ移行したカイくんも、この小ささにしてはなかなかの食べっぷりだからと、そうと思い込んでいたところが…新たに現れたやはり精霊の末裔であるロビンさんは、この年頃の女性らしい量しか召し上がらない。そこでやっと判明したのが、いわゆる“個人差”というもの。食いしん坊さんなだけらしいという事実だったりし。まま、毎日跳ね回り駆け回ってるお元気さんたちなので、そのくらい食べてくれた方が安心と言っちゃ安心なのだけれどと。結局、大量のお料理を腕によりかけて用意なさるのがツタさんの使命なところは変わらない。今宵のメインディッシュであるハンバーグも、どうかするとカイくんが載っかれそうなほどの大皿に、二階建てケーキですかというほど積み上げられており、しかもそれがもう既に、二階部分は撤去終了という状況。
「青菜の煮びたしも、大根の田楽も、ちゃんと食べて下さいませよ? 消化にいいんですからね?」
「そか、もっと食えるようになんだな?」
「しょかvv
 なかなか豪快なことを言い、お野菜の煮たのも好き嫌いなく食べて下さる奥様と坊やと。その勢いに釣られたものか、小さなお客様もまた、ツタさん自家製ハンバーグが余程のことお気に召したらしく。自分の“ぐう”より大っきなそれをもう3つも食べ切っている。
「おいおい、あんまり飛ばすと後から苦しくなるぞ?」
 お腹が膨れましたという信号が脳から出るよりも早い食べ方をすると後で地獄だというの、学生時代、運動部に長く居ただけによくよく見て知っているゾロからの忠告へ、
「そだぞ、腹八分目っつうからな。」
 うんうんと感慨深げに頷いた奥方だったが。
「…お前もだ、ルフィ。」
 とうに二桁の個数を突破している身で、他人に忠告してる場合かと、呆れたように言ってやる。
「そのうち、胃拡張か胃下垂になんぞ。」
「ん〜ん、俺は平気だもんvv
 にっぱり笑ってそりゃあ美味しそうに18個目にかぶりつくから、ギャル曾根ちゃんみたいな子です、ホンマにもう。
(苦笑)

  『とりあえず、ご飯にしようっ。』

 あぐあぐ・はむはむと、こちらさんもそれはそれは美味しそうに食が進んでいる、古風な袷と袴という姿の小さな坊や。この子のほうは、相当にお腹が空いてもいたらしく、それでもツタさんが一応は…お腹とおでこを指で押しての確かめながら、堅さが一緒になったらもうダメですよと測りながらのお給仕で。

 “どうなることかと思ったけどな。”

 幸せそうににっこにこと微笑っている可愛い和子には、ウチの子が一番と譲らない誰かさんもついつい見とれての和んだ眸を向けて。それから、ややこしい事態になりかかったの、くるり均した奥方の鶴の一声を思い出しての…苦笑を1つ。




            ◇



 「きゅう?」

 ロビンが額にかざした精霊石。そこへと何かしら念じた途端、小さな坊やの体が光り出してのそして、あっと言う間にその姿が…小さな小さな仔ギツネへと変化
(へんげ)してしまったものだから。
「…はい?」
 ここで、ちょっとばかり。反応が通常一般とは異なるのが、
「この子も精霊なのか?」
「まあまあ、かわいらしいことvv
 当事者のロビンや、精霊石を彼女に渡した…やはりわんこからの変身を先刻やってのけたルフィはともかく、ゾロとツタさんもまた驚く方向が大きく違うということだろうか。瞬きする直前までは、やっと独りで立って歩ける、走るのはちょっと危なっかしいかなという年頃の幼児にしか見えなんだ子供がいた筈だのにね。あれあれ? どこへ行ったのかな。それから、その代わりに現れたこの小さなキツネさんは、何処からやって来たのかな?と。目の前で起きた奇跡が信じがたくての無駄な抵抗、途中式があったはずだと悪あがきしてみるものだのに。人の子とキツネの仔が“同一人物”だと即座に繋がるような感覚をしておいでであり、
「きゅうっ。」
 むしろ、キツネさんの方が恐慌状態に陥ったものか、
『あんね? とと様がゆってた。
 こあいおじさんに捕ゅかまるから、元のまんまは めって。』
 親御さんからそんな注意を受けていたので、人の子へと化けていた術が解けたからには、捕まってしまうかもと思ったと。だから怖かったのと告白してくれたのは、ネンネだよと子供部屋のサブベッドへと寝かしつけた時だったけれど。
「あっ。」
 ぴょいっと軽々、羽根でも呑んでいるかのような軽やかさで。ゾロの背中とそれから、ソファーの背もたれの上を順々に蹴り、整理ダンスの上まで跳ね上がった小さなキツネさんだったが、その足元がつるりすべってしまったのは、家具に貼られた化粧板が自然ではあり得ないほどつやつやしていたのと…坊やのお腹がきゅうきゅうに空いていたから。
「きゃうっ☆」
 四肢でかりかりと引っ掻くようにして抵抗したものの、氷の上のよにすべる天板が相手では、小さな爪は引っ掛かるところを掴まえられず。すてんと転びながら真下へ落下。そんなキツネさんを素早く受け止めたのが、ひょいとこちらさんも軽やかな身ごなしにてソファーを飛び越えて来たロビンさんであり、
「…っ☆」
「ごめんなさいね。でも、怖がってほしくなくて。」
 びくびくと震える小さな仔ギツネくんだったけれど、
「その姿に戻ったなら分かるでしょう? 今の私から、咬みつくぞっていうような怖い匂いがする?」
 だとしたら哀しいかなと、ちょっぴり寂しそうに眉を下げたロビンであり。その足元にはいつの間にやら、小さなお手々がきゅうとしがみついている。丈の短いワンピースのようなデザインのベストとアンサンブルになった、シャープな印象のパンツルックは薄手のツィード。そのズボンのお膝あたりに掴まっていたのはカイくんで、
「くう? おねちゃん、こあくないよ?」
 平気よ?ね?と。うるうる潤んだつぶらな瞳が見上げて訴えるのへ、依然としてブルブルと震えていた仔ギツネが“きゅ〜?”と小声で鳴いてから。…そのお声の余韻へとかぶさったのが、

  ―― きゅるる、きゅう〜

 あらら、お腹からのいかにも切なげなSOSだったものだから。

  「………。」×@

 一瞬の沈黙ののち、大人たちがくすすと吹き出してしまったのは言うまでもなくて。いい子いい子とつややかな毛並みを撫でて下さったロビンさんは確かに、ちっとも怖いオーラを出してはいなくって。
「さ。自分で戻ってご覧なさい。」
 さっきのは精霊石で私の覇気を増幅させただけ。それに負けての正体が現れてしまっただけのことで、変化の術が使えなくなった訳じゃないからと。よしよしと三角のお耳の間を撫でて下さり、じゃあと、うんうん頑張って念じたら、

  ―― ぽぽん、と。

 小さな花火か、いやいや紙鉄砲くらいの音だろか? そんな音が弾んだ後には、キツネさんと入れ替わり、さっきの坊やがお姉さんの腕の中へと現れている。やはり袷に袴という古風ないで立ちは変わらないままであり、人の衣装といえば…その恰好しか知らないのかも? 人と獣と、両方の姿持つ者、精霊という存在には馴染みがある彼らであっても、この坊やへはまだまだ不思議は尽きなかったが、

 「それじゃあ。とりあえず、ご飯にしようっ。」

 お元気奥様が“おーっ”と拳を天井へと突き上げて、それへと釣られたは瓜二つの坊やとそれから。
「…おー?」
 こちらさんは恐らくのきっと、意味は判ってなかったろうけれど。和装の小さな坊やまで、小さな拳を“おーっ”と突き上げていたのへは、ついつい破顔してしまうほどの愛くるしさがあり。ややこしいことはご飯の後でもいっかと、この家族の中では一応ダントツで“現実主義者”な筈のうら若き父上までもが、あっさり絆
(ほだ)されてしまったそうですよvv






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 *長らく間を空けてすみませんでした。しかもまだまだ続きます。(とほほん)